放射線治療後から バセドウ病


放射線治療を二日間にわたって行いどうも疲れたのか2日目は帰ってきて何故か12時間くらい寝ていました、とくに飲んだ直後もこれといった変化もなかったのでとりあえずは次の予約まで様子を見るという感じでした。治療してから数ヵ月後に最初に変化があったのは甲状腺のふくらみが小さくなったことでした、大きさで言えばソフトボールを半分に切ってそれが甲状腺に入っているような大きさでしたがみるみるうちに小さくなり半年経つころにはほぼバセドウ病になる前の甲状腺のサイズになっていて驚いたものです。

サイズは小さくなったものの実は放射線治療をうけた数ヶ月後から胃の気持ち悪さがゆるい感じでずっと続くというのがありまして先生に相談したところ放射線治療後にそういった症状をうったえるひともたまにいるとのことでした、ガスター錠を処方してもらい1年くらい飲んでいましたが結構吐き気に近かったので辛かったのを覚えています。

変化したのは甲状腺のサイズで症状的には胃の気持ち悪さというのが放射線治療1年目のときで2年目くらいから数値がどんどん下がってきました、先生いわくすぐに治療の効果が出る人もいれば徐々に出てくる人もいるそうで人によるそうで個人差があるようですね。

放射線治療から2年後くらいでしょうかね?先生から近いうちにメルカゾールをやめれるかもしれないといわれまして喜んだのを覚えています。それで数値も大きく乱れることがなくなり横浜の南部病院へ転院することを決めたのです。

続きはまたあした。

放射線治療前 バセドウ病


数値が落ち着いてきたので先生からも言われていた甲状腺全摘出手術を受けるか放射線治療を受けるか考えまして放射線治療にしました、仕事もしているし入院となるとなかなか社会人は難しいのでということなので。まずは眼球突出が心配でしたのでオリンピア眼科にいって検査をすることになりました、半日ほどかけて検査をして結果を伊藤病院へたしかもっていったような・・・病院間で勝手にやりとりしてくれるんだっけかな?ちょっとそこ忘れましたがとにかく検査をして眼球突出はほぼしないといわれヨード制限に入ることにしました。

とにかくヨードを取ってはいけないということなのでなにを食べればいいのやらと思っていると先生からいろいろな食べれるもの食べれないものリストをもらいました、ふむふむと見ていたのと先生がジャンクフードは案外OKといっていたのでハンバーグとかお肉とかを単体でよく食べていた記憶があります、しかしヨードが入っていそうなソースとかはダメなので気をつけていました。

そうして必要期間をヨード制限しまして2日間の放射線治療を行う日がきましてそうそう2日間放射線治療って行ったのですよ、1日目はヨードがしっかり甲状腺に行くかの少量の放射線を飲んで2日目に1日目の結果いかんで決まった量を飲むのです。

この放射線治療のときには待ち時間はほぼありませんのですぐに受付をして少し待つともう治療に移りますので私は3時間かけて親に車で連れて行ってもらいました、だいたい全部で1時間くらいで終わったので駐車場もそんなにかからないので便利です。

続きはまた明日・・・。

伊藤病院に転院してから


伊藤病院に転院してからはいろいろなことがちがくて驚きました、普通の田舎の病院では考えられないシステムで戸惑ったのですが最初に受付にいって診察券を作ると自動受付の機械にカードを入れるのです、するとレシートみたいなのが出てきてもうこの時点で受付は完了していてしかもレシートにこのあと行う血液検査や超音波検査が記載されているのです。二回目以降は受付の人に話すことなくこのカードを自動受付に入れるだけでいいという今までの病院とは違う優れたシステムに驚いたものです。

伊藤病院のシステムについてはこの辺にしといて・・・転院後はそれまでに一日朝昼晩に3錠ずつ飲んでいたメルカゾールを朝に9錠飲むという方法に変えたところ激烈に効果を発揮してみるみるうちに数値が下がっていきました、そして数ヵ月後に放射線治療か甲状腺摘出手術を受けようと決心しまして放射線治療を選択したのです。

しかしながら放射線治療というと・・・そう!眼球突出が心配だったのです!実は当時私は1日にタバコを1箱以上吸うスモーカーでして喫煙も眼球突出がどうのこうのとか聞いたことありましたし放射線治療で数値はいいけど眼球が突出してしまっては正直もっといやだったのです。

そこでそれを伊藤病院の地下1階にある相談室に相談したところ『眼球が突出するかしないかのある程度のことはオリンピア眼科で検査をすればわかる』ということを聞きましてとりあえずは放射線治療前にオリンピア眼科にいくことになるのです。

オリンピア眼科の話はまた明日・・・それでは。

バセドウ病になった当時


2007年にバセドウ病と診断されまして地元で大きな病院でした、そこで2年間くらい通院するのですが総合病院でしたが内分泌科の先生も後に転院する伊藤病院の先生たちほどすごいノウハウを持っていたわけではなくよく言われた言葉が『本気で治すのであれば伊藤病院へ』というものです。私としては近くてすぐに帰れるのでそこでずっと治療したかったのですがそういわれ続けるといろいろ考えることもありました、それでもとりあえずはその先生を信じて通院しいたのですがなかなか数値も落ちないので通っている意味があるのかないのかわからなかったので日に日に伊藤病院とはそんなにすごいのかと思っていました。

そうしてメルカゾールを毎日飲んでいたのですが最初の1年ではほとんどといっていいほど変わらずにいまして転院を決意しましたが仕事の都合上忙しくてその半年後くらいに転院しました。そしてそれまでのカルテをみて薬の飲み方を変えたところ激烈に数値が落ちたのを先生から言われ飲み方次第でここまで違うのかと驚き数年間伊藤病院にお世話になる決心をしました。

正直伊藤病院は自宅から2時間以上かかるし嫌でしたが本当に治すならここだなと思ったのです、薬の飲み方なんて思いつきそうなものですがそういうノウハウを常日頃から勉強して試してデータのある伊藤病院だからこそできたことなのだと思いました。地元の病院では2年弱通ってもそういうことは言われなかったので・・・。

明日は伊藤病院に転院してからを書いていこうと思います。

現在までの通院の軽いあらすじ


こんにちわ。初投稿ということでなにから話していこうか考えましたがとりあえずは現在までのあらすじということで書いていこうかと思います。

発病したのが2007年でして当時体力系の仕事についておりましてバリバリがんばっていました、しかしながらちょっと動くだけで疲れるし汗はかくしなんか変だなーって思っていたのです。あとは軽い風邪みたいな状態がずっと続いて近所の病院にいってみるも風邪薬というか痛み止めなどを処方されて終わるだけでした。それが半年くらい続いて4件目の大きな病院で初めて『甲状腺が腫れているね』といわれ血液検査を行いバセドウ病と判明したのです。

正直病名がわかったときにはほっとしましたね、原因不明の風邪みたいな症状がずっと続いていたのと疲れやすいのもあったので。それでその病院と近所の病院の転院を繰り返して中々よい検査結果が出ず発祥から2年後くらいに東京の伊藤病院へ転院したのです。

伊藤病院へ転院してからは薬の飲み方からまず地元の病院とはちがくてノウハウに驚きました、どんどん甲状腺ホルモンの数値も下がってきてオリンピア眼科で目の検査をして放射線治療を受けたのです。

放射線治療から2年後に横浜にある関内の和田クリニックに転院して治るか治らないかの細かい数値の調整を行い今に至ります。

ざっと説明しましたがこんな感じですね、明日からは発症当時からのことをずらずら書いていこうと思います。それでは。